えー。。。

ちょっと長くなります。

今まで、スピリチャルな話はめったにブログでは書きませんでしたが、今回のハナシは少し驚いたので書かせていただきます。

この手の話が苦手という方は、スルーして下さいませね。

 

ぱんだには、2人の甥っ子がいます。姉の息子たちです。兄と弟なんですが、弟くんの方の話です。

彼は、幼少のみぎりより神経質で、少し霊感も強かったようです。叔母のぱんだから見れば、ごく普通の少年でしたが、今では立派に成長して、今年で26歳くらい(?)になります。(甥っ子の年齢って、よくわかりませんわー。。。)

彼は、若いコたちの無鉄砲さで、霊感が強いにもかかわらず、心霊スポットなどを巡り歩き、度胸試しをしてしまうという、あまりにも無謀な行為をしていました。それによって、今までにもいろいろと「マズイ」目に遭ってきたようですが、最近、またぞろ変な場所へ行ってしまったようです。

若者たち5~6人くらいでその心霊スポットとやらへ行き、悪い霊がその中の一人にくっついてきたのが見えたそうで。。。

「ヤバイ」と感じた彼等は、乗ってきた車に飛び乗り、その場から立ち去ろうとしたそうです。

その悪い霊というのが車内に乗りたがっていたらしく、窓に手を付けて若者たちの顔を一人づつ見てくるのだそうです。

その時、不思議なことに、甥っ子の存在にだけは気付いていない様子だったというのです。

後で、甥っ子より何倍も霊感が強いという同行したグループ内の女の子が、甥っ子に対して「そのブレスレットのお陰で、君は姿を見られずに済んだのよ」というような事を言ったのだそうです。

そのブレスレットというのは、ぱんだが甥っ子2人のために購入してきた香木のお数珠でした。

なんと、その購入場所というのが、泣く子も黙る「比叡山・延暦寺」の「根本中堂」の中!!!! 売っている方も、売店のオバサンではなく、ちゃんとした修行僧。

桐の箱に入ったそのお数珠は、少々値が張ったので、自分のために買うのも躊躇われました。ですが、なぜか「甥っ子たちに買わなくちゃ」という気持が強く、貧乏旅行だったにもかかわらず、お土産として2人へ一本づつ購入したものでした。

そして、別の日に、彼の父親(ぱんだの姉の夫ですね)が、大きな「姿見」の鏡をリサイクル・ショップで購入してきました。 こともあろうに、その鏡を自分の部屋ではなく、弟くんの部屋に置いたのだそうです。

それ以来、彼の部屋はラップ音が激しく鳴り出し、彼自身も体調が悪くなったそうです。

ある日、部屋で寝ていた彼は、「この部屋には、もうこれ以上はいられない」という気持ちになり、フラフラする身体に精一杯ムチをふるってなんとかドアのところまで行き、部屋を出たその途端です。

パリーン!!

という音とともに、例のお数珠のブレスレットがバラバラに弾けたのだそうです。

そのお数珠ですが、とっても固くてしっかりしたヒモで作られていましたので、何も触っていないし、クギにひっかけたこともないものが、「綺麗に」という表現がピッタリなくらいに、バラバラに弾け飛んだそうです。

甥っ子は、その途端に身体が楽に動くようになり、その日の夜はリビングで寝て(恐怖で自分の部屋に戻る気になれず)、次の日に弾け飛んだ玉を全て拾いに行ったのだそうです。

その姿見は、事情を説明して早々に返品しに行ってもらったそうです。父親は、全くスピ的なことには無頓着な方なので、「せっかく買ってきたのに」とブツブツ文句を言っていたそうですが。。。

もちろん、リサイクル・ショップから購入したものが全てその手の「怖い代物」であるわけではないのですが。。。ぱんだは、天然石は好きですので、石屋さんで購入しますが、珍しい形だからと河原で拾ってくることはしません。

 

いやー。。。 こういうことって、本当にあるんだなーっと思いました。

ぱんだは、何か見えない力に、彼を守るお守りを買いに行かされたのかもしれません。そういう風にとらえると、なんか、妙に納得してしまうんですよね~。 まー、「叔母バカ」ってやつです。フホホホ。。。

購入したのが比叡山延暦寺だから「霊験あらたか」だったとか、そういう事ではなくて(そういう事かもしれませんが)、身を守ってくれる「お守り」って、本当にあるのではないかと思うのです。

日頃、ぱんだも「お守り」のつもりでチャームをせっせとお作りしていますが、そんな話を身近で聞いてしまうと、なんだかもう、ドキドキしてしまいます。 もちろん、ぱんだに比叡山延暦寺なみのご利益パワーなどありませんが、お客様を「幸せ」にして欲しいという気持ちは誰にも負けません!

パワー・ストーンにしても、ファッションで付けている方もいれば、そうでない方もいらっしゃいます。 本人や、それを贈った人の気持の持ち用で、身近な様々なモノたちが、いかようにも「お守り」の役目を果たしてくれるのかもしれません。それこそが、「パワー」の正体ではないですかね。